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連載清正挿絵より：絵高橋裕一 |
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清正（その頃は夜叉若）は元亀元年に9才で秀吉に仕えることになり、以後秀吉の側で過ごしたわけですが、
しかし秀吉は信長の命で東奔西走の有様で、直接薫陶を受ける暇もあまりなかったと思われます。
母伊都とともに秀吉の母奈加や正室のねねとは、家族のような親交を続けていました。
とくに子供のないねねは清正をたいへんかわいがったそうです。 清正の初陣は長篠の戦いで、元服したのは天正四年です。その後は多くの戦いに参戦し、 秀吉の出世とともに清正も頭角を現していきます。そして肥後の領主にまで上り詰めます。 |
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清正が初陣した長篠の戦いというのは、信長と武田勝頼との一戦で、秀吉もむろん信長陣中にあった。 清正すなわち夜叉若は、秀吉の出陣の際従軍を願い出たが、まだ元服前ではといって許してくれない。 そこで夜叉若は、こっそり仕度をして、出陣の軍勢にまぎれ戦場へ出てから突然姿を現わした。密出陣である。 秀吉もこうなっては追い返すこともできず、しぶしぶ黙認せざるを得なかったという。 |
長篠合戦図屏風 （徳川美術館ＨＰより） |
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夜叉若は合戦がはじまると、秀吉の目を盗んで飛び出し敵二騎を斬り落とし、猛士として名があった座光寺与市という武田の侍と槍で勝負をして、 これに傷を負わせた。これには秀吉も驚いたということだ。血気のしからしむところであろうが、密行初陣とは面白いではないか。 世に天正九年の鳥取攻めが初陣として伝えられているが、これは誤りで、この長篠の戦いが初陣である。 |
長篠の戦い 配置図 |
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天正四年、夜叉若は元服し、名を虎之助清正と改め、百七十石を与えられた。十五歳であった。 元服については次のような話が伝えられている。 夜叉若がこの年始め、秀吉の母奈加に、 「おかげで成人し、年は十五だが背も高いし、早く前髪をおとして一人前の勤めをしたい」 といった。 奈加はうなずいて、秀吉に伝えたところ、秀吉は大いに喜び、 「あれの眼差しを見ると、祖父清信によく似ているから頼もしい。さっそく前髪をおとしてやろう」 といって、元服させたという。 清正の祖父清信が戦死したのは、天文十六年で、秀吉の数え年十一の時に当る。清信は中村が故郷なので、時折は帰ることもあったろう。 鼻たれ小僧の秀吉は立派な侍姿の清信を、羨ましそうに眺めていたのかもしれない。この話の真偽ははもちろんわからぬが、 秀吉が烏帽子親として元服させたのは、事実であろう。 虎之助になった夜叉若は、ここで正式に秀吉旗下の侍になったわけだが、以後、軍学を折野弥次右衛門頼広、兵法、剣術を塚原小才次、 槍術は宝蔵院胤栄を師として修業に励んだ。もちろん秀吉の配慮によるものだ。 塚原小才次は塚原卜伝の縁者で、当時秀吉に召し抱えられていたようだ。宝蔵院胤栄は奈良興福寺宝蔵院の住職で、 宝蔵院鎌槍の名人で創祖である。門下に高田又兵衛、可児才蔵等があり、武田勝頼も教えを受けたといわれる。 清正の精進は非常なもので、上達も早く、とくに武芸では塚原門下の麒麟児と呼ばれていたという。 |
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（文：片山丈士「加藤清正 上巻」より） |
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清正は、元服後、雑賀一揆討伐や久秀攻撃に秀吉に従って出陣していると思われますが、
何も目立った働きはしていません。見習士官というところでしょう。この間、清正は一つの手柄を立てました。 長浜城の足軽に市足久兵衛という者があって、これが大力のうえに、 武術の心得もあり、城内から恐れられていましたが、酒乱であるために出世しません。 それで、不平不満でますます酒に親しみ、乱暴狼藉を働くという繰り返しをやっていました。ある時、 酒のうえの喧嘩からついに朋輩を殺して市中に飛び出しました。ソレとばかりに役人どもが多勢召し捕りに集まりましたが、 手に負えず、死傷者が続出。ついには久兵衛の死物狂いの大あばれに押されて、ただ遠巻きに囲むだけになってしまいました。 町人たちは騒ぎ出し、久兵衛は他領に脱出を企てましたが、誰一人進んで出る者がありませんでした。 清正はこれを聞いて飛び出し、久兵衛と渡り合い、ついに彼の太刀をおとさせ、峰打ちで叩き伏せました。 役人どもはようやく折り重なって久兵衛を縛り上げたということです。 清正は当時塚原門下第一と言われていましたが、長浜城下の人々はあらためてその腕前に舌を巻いたそうです。 清正は十六歳、久兵衛は四十歳でした。 秀吉は清正の手柄をほめて、二百石に増し、小物見役に取り立てています。物見役というのは斥候のことです。 |
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連載清正挿絵より：絵高橋裕一
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この時代の多くの合戦の様子やその背景についても、「加藤清正 上巻」の中で詳細に解説していますが、 ここでは、清正の戦いぶりや活躍を、主だった合戦にしぼって紹介したいと思います。 |
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―中国征討従軍― |
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清正は鳥取城攻略で、人に名を知られる働きをしている。鳥取城は要害の地を占め、
堅固なので、秀吉は最初から持久戦の策をとった。その持久戦法をたてるに際し、
裏門の様子探索を蜂須賀彦右衛門尉正勝に命じ、何と思ったか、清正にも同行を命じた。
清正は正勝に同行して鳥取城の方に向ったが、しばらくして立ち止り、 「城の東方に森があるが、あの森蔭には、必ず敵の伏兵がいるに違いない。貴殿のような老巧な方に、 拙者のような若輩が、差し出がましいことをいうのは失礼とは存ずるが、足軽を二、三十人連れて来てはいかがなものでござろう」 といった。正勝は、 「そなたは若いのによく気がつくのう。拙者はこのようなことには慣れているゆえ、心配するには及ばぬ。さあ、ついて来られい」 と、先に進んで城の裏手に回った。 ところが、清正の言のごとく森の中から敵兵が二十人ばかり、槍を持って襲いかかって来た。清正は腰の半弓をとって敵を射、 ひるむところを馬から下りて、前の一人を討ち取り、首を刎ねて首袋の中に入れた。正勝も敵の一人を斬り殺した。 二人は探索を終え、馬で帰って来ると、秀吉の前に出、正勝が城の様子に添えて、清正の気転洞察、伏兵との戦なども詳しく報告した。 秀吉はこれを聞いて大いに喜び、 「虎之助はまだ若輩だが、目も心も働く若者になった。今日の手柄は老巧な彦右衛門にまさるものだ」 といって、みずから黄金一掬を与え、百石加増の感状を授けた。清正はちょうど二十歳であった。 |
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―山崎の戦い― |
| 清正は山崎の合戦に、もちろん従軍していた。鳥取、冠山等の城攻めの折と同じように、 秀吉の近習として本陣にいた。 |
山崎の戦い 配置図 |
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高山右近が宝寺の南門を攻めにかかったことを聞いた秀吉が、 「誰か二、三人参れ」 と叫んだ。清正が二、三人と秀吉の前に駆けて出ると、秀吉は、 「虎之助、右近が合戦をはじめた様子ゆえ、見て参れ」 といって、他の三人にも同行を命じた。清正はさっそく三人と走り出て南門に近づき、様子を見回っていたところ、 光秀勢本隊右備えの伊勢与三郎の進藤半助が、一隊を率い、鉄砲を打ちかけ、勇ましく進んで来るのが見えた。 清正は同行の三人に、 「あれを討ち取れ」 と叫んで、自分は二尺九寸の刀を抜き、まっすぐ敵の中へ割りこみ、馬上で指揮している半助に立ち向かい、斬りつけた。 半助は真っ逆さまに馬から落ちたので、首を斬り、腹につけた袋に入れようとすると、半助の家来がワッと斬りかかって来た。 そこへ同行の三人も駆けつけ、激しい斬り合いになり、逆に半助の家来たちを追い返してしまった。 清正は秀吉のもとに駆け戻り、高山右近勢の戦の様子をくわしく報告し、半助の首を差し出した。 「そちは、武道の心がけよく、鳥取、冠山の城攻めにも、また今日の合戦にも、見事な働きをしたことは、言葉ではいい表わし得ないほどだ」 といいながら、秀吉は自筆の感状に脇差一腰を添えて清正に与えた。この感状はいかにも秀吉らしく、率直、簡明で要を得たものであり、 清正に対する愛情もうかがえるものなので、次に全文を書こう。 ”武勇の心懸けもの、手柄ものの若者とは汝たるべし。いよいよ武功を尽すべし。” 現代でも、すらすらとよく理解できるではないか。当時、主君から「手柄者」といわれるのは、武士の最大の誉であったという。 |
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―賤ケ嶽の戦い― ”巷談異聞・七本槍”で詳述 |
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―九州征討― |
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天正十五年の秀吉の九州征討軍は、二十余万とも、三十余万ともいわれるが、
ともかく空前の大部隊であった。これを迎え撃つ島津軍は、七万余といわれ、すでに兵力の点で格段の差があった。 島津が猛威ををふるったころの九州は、大友、立花等が抵抗を続けるのみで、 他の諸将はほとんど島津に属していたのだが、秀吉がひとたび九州に入ると、草木が風に伏するように先を争って投降した。 島津の数倍に当る大軍、岩石城の陥落、降伏者への寛大な処置等がその因であろう。 がしかし、秀吉は戦わざる前から島津を呑んでいた。勝敗についての危機感などまったくなかったといっていい。 島津と勝負を争うよりも、もはや天下を掌中にし、位人身を極めた威勢を全九州に誇示するのが、より大きな目的であったかもしれない。 名所旧蹟を見物したり、連歌を催し、茶事を楽しみ、まことに物見遊山のような行軍であった。 四月十三日、秀吉一行（もちろん清正も）は、まもなく清正の領地になる肥後に入った。隈本に入ったのは十六日で、 浅野長政を隈本城においた。十九日に宇土に向い、城の明け渡しを受け、清正が命を受けてこの城を守ることになった。 足利義昭の講和勧告使が、島津義久を説得して降伏に踏み切らせ、五月八日、竜伯と改名した義久は髪を剃り、法衣をまとい、秀吉の前に跪き、 九州征討の幕は下ろされるのだが、清正について一つの話が伝えられている。 島津勢の先鋒で勇名を知られた新納武蔵守忠元は、義久の降参に不服であった。そこで忠元は肥後、 薩摩の国境にある千代川に陣をしき、二十万という秀吉の軍を二万余の兵で待ち受けていたのだ。 秀吉軍と一日間睨みあったまま鳴りをひそめていたが、とうとう武蔵守はしびれをきらし、五千の選兵を率いて秀吉勢に斬りこんで来た。 忠元は黒鹿毛に跨って、目方十六貫の鉄棒を振り回していたという。 |
楊斎延一：加藤清正 新納武蔵守 千代川大勇戦之図 （パブリックドメイン美術館ＨＰより） |
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このとき清正は大音声を上げて、忠元に一騎打の勝負を挑んだ。すると忠元はただ一騎で駆けて来て、清正の誘いに応じた。 鉄棒と槍の勝負がはじまった。敵味方とも固唾をのんで、勝負の成り行きを見守る中で、凄絶なる決闘が続いた。 両者は次第に疲れを見せはじめた。ところが、忠元が今度こそはと、鉄棒を力一杯振り下ろし、清正が危うくかわした途端、 勢い余ってドウと落馬してしまった。勝負あったりと、敵味方は清正の槍先を見つめると、清正は槍を持ったまま突こうとはせず、 「貴殿も名ある勇士、落馬したのを幸いに討ちとったとあっては、清正末代までの名折れだ。早々馬を乗り換えて参られい」 と叫んだという。忠元は従者に援けられ、己の陣に引き上げた。 忠元はやがて秀吉に降った。清正はこの勝負のことは誰にも語らなかったそうだが、後日、忠元自信が秀吉に、 一世一代の勝負であったと物語った。秀吉ははじめてこの勝負を知り、清正の立派な心根をたたえ、名刀を与えたという。 この話は比較的信頼のおける文献にのっているのだが、一方で同じ文献に、清正は宇土城の守将として残されていたという話もあり、 どうも真偽は定かではない。しかし清正の挿話としては広く伝えられているものだ。 |
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（文：片山丈士「加藤清正 上巻」より） |
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